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Category: 雑記
ロックを一生愛している普通の一般市民として、「彼女」が大好きなファンとして、あえて斉藤和義さんの行動を批判します




私は斉藤和義さんの作る曲が大好きだし、何より彼の声が好きです。
シングル「歩いて帰ろう」のc/w曲「彼女」は、いつ、どんなときに聴いても涙する。シングル盤のバージョンが良いです。私が好きなのはこれ。
彼の曲を全て聴いてるわけではないのですが、一曲でも聴けばわかります。
本当のミュージシャンであることが。

斉藤和義というロッカーが、この事態に際して、どういう考えをめぐらして、どれだけ心を砕いて痛めて、このyoutube動画に到ったのかは計り知れない。
この、自作の素敵な曲(ずっと好きだった)の替え歌を世間に出そうとした経緯を図り知ることはできない。
youtubeを見ることしかできない。
そこからだけの、感想です。
いちファンの「感想」です。




「感想」です。
ごめんなさい。
聴いてて、不愉快でした。


だったら聴かなければいい。その通りかもしれない。


ただ、ぼかしてるとはいえ、電力会社に対して「ウソだったんだぜ」「クソだったんだぜ」と言い切る根拠と覚悟を本当に持って歌っているんでしょうか?
結果的に東電なり行政の責任は重いかもしれないけど、この唄が世間で影響力を持ったとき、「東電=ワルモノ」というイメージが形成され、そこで働く従業員の方々・および家族の人たちの生活、心情までを考えて、また覚悟して歌っているのでしょうか?

音楽産業が「電力産業」の存在なしで今まで成り立っていたでしょうか?
その電力の大半を担う原子力を簡単に批判して「クソ」と言い切る覚悟はお持ちでしょうか?


今はそんな時期なんでしょうか?
確かに行政・東電の責任追及は必要かもしれない、どこかのタイミングで徹底する必要があるのかもしれない。
しかし、批判すべきは東電ですか?
今、東電を批判すれば矢面に立つのは「今」東電に勤める人たち。悪いのは彼らですか?
過去から続く歴史は?それを支えた政府は?それに支えられていた私たちは?
今の現象だけを取り上げて、今まで受けてきた電力の恩恵をまったく無視していいのでしょうか?

もちろん、東電もプロですから批判を受ける責任はある。

今はその時ですか?
それが、宮城で福島で避難所で倒壊しそうな住宅で先行きのわからない生活をしている人たちの救いになりますか?
「ワルモノがだれであるか」を決めて、指を差して批判していればいい状況ではないのではないでしょうか?



私はyoutube動画しか見ていません。その後、斉藤和義さんの行動が何かあったかどうかはわかりません。
ただ、本日時点の「感想」です。
斉藤和義さんの唄は、「東電はワルモノ」というイメージを世間に形成し、たとえば家族が東電にあるいは他の電力会社に勤める子供たちが学校でイジメられる要因の可能性を作り、そして残念ながら…、


何も「創造」していないと思うのです。



エクスキューズをするつもりはないけど、youtubeの動画を見て、「違うな」と思いつつ、やっぱ斉藤和義はかっこいいな、と思った。イントロのギターだけでちょっと腰が浮くくらいロックだった。
5秒でも彼のギター・唄を聴けば「あ、ロックだ。ホンモノだ。」とわかる。
その葛藤をどうしようもなく抱えた。

私は故・忌野清志郎さんの「タイマーズ」をリアルタイムで見ている世代です。
悪いけどそれと同列には考えられない。

斉藤和義さんと清志郎さんを比較してどうこうというのではないです。
事態があきらかに当時とは違う。これは明らかです。




震災後、約1ヶ月。
マス・メディアでもそろそろこの事態を「商品加工」し出しています。

「涙・ボランティア・善意・元気・激励」。
とにかく「今まで通りの放送出版にもどすために」、色んな包装紙でくるんでこの事態をメディアに載せようとしています。
そのこと自体は悪いことでもなんでもない。
われわれがそういう状況で生きているというだけのこと。
電力なくして生活が成り立たないのと同じくらい当たり前に、マス・コミ・エンターテインメントなしに現代社会は成り立たない。
それは、よい。

ただ、その加工の仕方。
今、東電を・行政をワルモノにしてモノを書く・描く・歌う・詩う、のは違うのではないでしょうか?


この事態は文字通り「未曾有」の事態です。
そんな安易な消化の仕方をしてはいけない。
そう思うのです。


例えば斉藤和義という才能あるロッカーが・ホンモノのロッカーが(繰り返しますがエクスキューズで言ってるんではない。心からそう思っています)今、訴える力を持っているなら、それをプラスに転化するべきではないか。
ワルモノ探しの唄など唄ってほしくなかった。

プラスでもマイナスでも全ての力を結集すべきときではないのか。




私自身は、電力産業とは直接関係ないけれども、電灯がつかなければ営業できない仕事をしている。
すでに夏に備えて、商業スペースの蛍光灯を間引きしなければならなくなっています。
私はもう企業人=おっさんなのでわかります。
この夏、7月から8月くらいにこの国は最悪の事態を迎える。
電力不足という事態の本当の悪夢を体験する。

シャレにならない事態が来る。


その時にでも私たちの心に届く唄を唄える人とそうでないニセモノがいる。
と思っているのです。
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テーマ : 音楽    ジャンル : 音楽

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